人事施策といえば、採用・教育・人材管理・ダイバーシティ…等々、多くのものがあげられますが、その人事施策がビジネスにどれだけ価値を生み出しているのかを説明できる方はいるでしょうか?
実際、社内の他の部門と異なり、人事の成果はビジネスの成果とは直接結びついておらず、測定可能なアウトプットはほとんどありません。
そのため、企業が人事施策に投資するための絶対的な価値を示すことは困難です。
例えば、「なんとなく優秀な人材が取れれば、会社にとっても価値があるはずだから、採用に力を入れよう!」といったように何となくのイメージはあっても、どれだけの価値を企業にもたらすかを示すことが出来るという採用担当者は少ないのではないでしょうか。
しかしながら、人事の施策が会社に与える影響を示すデータを持たずに、新入社員の採用や教育等、従業員への投資を増やすケースを作ることは難しいです。
そこで、本記事では、Googleの採用チームが人事施策のビジネスへの貢献度を定量化するために行っている従業員の生涯価値(ELTV)の測定方法について、ケーススタディを交えて、解説していきます。
ELVTとは何か、どのように測定され、どのように活用していくかを理解することで、データに基づく根拠を持って、人事施策を評価したり、投資を行うことが出来るようになるはずです。
Contents
従業員の生涯価値(ELTV)とは?
従業員の生涯価値(ELTV)の定義
従業員の生涯価値(ELTV:Employee Life Time Value)とは、「従業員が時間の経過とともに組織にもたらす合計の価値のこと」を指します。
従業員が入社してから退職するまでを従業員の生涯(Employee Life time)と定めて、その期間に、会社に対して貢献するような成果をどれだけ生み出すかという視点で、従業員の価値を測るものです。
一般的なELVTグラフ
それでは、実際に、一般的なELVTのグラフを見てみましょう。
X軸は採用から従業員の退職までの時間を表し、Y軸は従業員が出す成果の大きさを表しています。
「採用直後」の従業員の成果は、チームに貢献するためにはまだ発生していませんので「0」になります。加えて、採用後の教育のため、採用チームや部門のリソースを消費しているため、合計でマイナスの値からスタートとなります。
採用後の教育期間を経て、時間が経過するとともに、成果が徐々に高まっていき、「ポテンシャルに見合う最大のパフォーマンス」を発揮する時期に至ります。
その後、ある時点で従業員の成長は止まり、成果は横ばい or 低下していきます。その頃から従業員は、より自分に合う他のキャリアの機会について、検討を始めます。
しばらくした後、従業員は「会社やポストを変える」決断をします。一般的にこの時点以降、生産性は低下し始め、最終的に「退職」により、成果はゼロになります。
以上が従業員のライフサイクルとなり、その期間の成果によって出来たカーブ(網掛け部)がELTVの値となります。
人事の仕事は、このELVTを出来るだけ高く、出来るだけ横に長くすることで会社に貢献することであり、ELVTの上り幅(網掛けが広がった)部分を人事施策の成果・効果として測定するという考え方です。
この考え方を基に、人事施策の成果・効果を可視化しているという訳です。
ELVTを増加させるにはどうするか?
ELVTを増加させる3つの方法
ELVTを増やす方法(カーブの下の領域を最大化する方法)は下記の3つの方法があります。
① 採用後に成果を出すまでの立ち上がりの期間を短縮
② 時間の経過とともに、到達できるパフォーマンスの最大値を上げる
③ 採用~退職までの期間を長くする
この3つのポイントを実現すればするほど、下記の図のように、ELVTが高まっていくことになります。
ELVTを増加させる方法を実現するための人事施策の例
次は、先程あげた3つの方法を実現するための具体的な人事施策の例を見ていきます。
実際には、下記に挙げる人事施策はELVT全体に効果がありますが、分かりやすくするために主に発揮される効果に焦点を当てています。
採用後の教育プログラムの改善
既存の採用後の教育プログラムを見直し、より優れた採用後の教育を導入することによって、下記の2つに効果が出ると言われています。
1)従業員がパフォーマンスを発揮し始めるためにかかる時間が短くなる
(立ち上がり期間の短縮)
2)従業員が会社やそのポストに長期滞在する可能性を大幅に高める
(退職までの期間を延ばす)
1)立ち上がり期間の短縮例
Google社の採用後教育の一貫で、マネージャーが新入社員を迎える直前の日曜日に短いチェックリストをメールで送信するという取り組みをしたところ、成果を発揮できるようになるまでの期間が25%(1か月)も短縮されたという結果が出ている。
参考:「ルールズ!-君の生き方とリーダーシップを変える (by ラズロ・ボック氏)」
2)退職までの期間を延ばす例
使用後の教育プロセスに優れている組織では、新規採用の定着率が82%向上し、生産性が70%を超えるという結果が出ている。
参考:「The True Cost of a Bad Hire (by Brandon Hall Group)」
リクルーティング活動の強化
より採用活動に力を入れ、会社の風土や業務にマッチするような優秀な人材を採用することで、より高いパフォーマンスを発揮させるポテンシャルを持っている人材を集めることが出来ます。
他の要素(教育や業務の内容等)が同じであれば、そうしたポテンシャルが高ければ高いほど、従業員の到達できるパフォーマンスの最大値も高くなっていきます。
(パフォーマンスの最大値上昇)
採用は、ビジネス上の収益に最も大きな影響を与える人事機能で、優れた採用活動は、3倍以上の収益成長と2倍の利益率への向上に貢献している。
参考:「Realizing the value of people management (by BCG)」
経営・マネジメント・企業文化の強化
優れた経営・マネジメント・企業文化の実践によって、従業員の会社や職場に対する満足度が高くなり、組織にもたらす価値は時間の経過とともに増すとともに、従業員のリテンションを高めます。
(パフォーマンスの最大値上昇)(退職までの期間を延ばす)
7.36%の人が前職の「職場環境/文化に満足していない」という理由のために、転職したという結果が出ている。
参考:「Why and How People Change Job?(by LinkedIn)/Youtube」
ELVT増加による成果・効果の測定|ケーススタディ
今回は、異なる2つの組織にいるセールスマンをサンプルにELVTの上り幅を測定していきます。(※セールスマンは売上に直結するので、計算が分かりやすいため。)
【仮定】※シミュレーションのため、複雑な要素は排除
一般的なセールスマンの売上高=500万円/月
アウトプット合計=500万円(売上)ー50万円(給与)=450万円/月 とする。
ケース①|採用後の教育改善によるインパクト
入社前に前倒しして教育を開始し、採用後の教育プログラムの改善により、
入社後の立ち上げ期間を30%短縮。
(セールスマンA:6ヶ月、セールスマンB:6ヶ月→4ヶ月)
ケース②|リクルート活動の強化によるインパクト
AIやデータ分析を活用した選考・面接を導入し、より会社にマッチした人材のリクルート活動を強化。
結果的に、セールスマンBのアウトプットは、セールスマンAより20%UP。
(売上高/月=セールスマンA:500万円、セールスマンB:600万円)
ケース③|経営・マネージメント・企業文化によるインパクト
良好な経営状況、上司のマネジメント(コーチング・トレーニング等)の指導強化、企業文化の向上等により、1年後、従業員のパフォーマンスが更に20%UP。
(売上高/月=セールスマンA:500万円、セールスマンB:720万円)
ケース④|退職までの期間を延ばすインパクト
各種の取り組みにより、セールスマンBのリテンションに成功。
セールスマンAは、入社後2年で退職する一方、セールスマンBは、会社での活躍を続け、時間の経過とともに、更にパフォーマンスを20%向上させる。
上記のケース①~④のシミュレーションに基づいて、ELVTを計算すると、下記のようなグラフが示されます。(赤:セールスマンA、青:セールスマンB)
このグラフが作る面積の差を計算することで、適用する人事施策の効果がどれだけ出そうかを定量的に計算出来るという訳です。
実際に計算をするときは、対象とする期間や施策、考慮する条件、影響を及ぼす範囲等の条件を計算したいケースと合うように変えながら、結果を得るようにしてください。
インパクトのシミュレーション結果例
最後に、今回はサンプルのケース①~④を活用して、実際に差がどれ程、出るのかを計算してみます。
【計算例Ⅰ】
ケース①~④をベースに、サラリーマンAの退職後、4ヶ月後に後任のサラリーマンCを採用したと仮定し、3年間のアウトプットを計算
計算例Ⅰ)のケースでは、ELVTは上記のようになります。
(※リクルート活動費用のため、サラリーマンCの採用直前はマイナス)
このとき、面積の差は3年間で1億3000万円分となり、組織B(青)は組織A(赤)の約2.5倍のアウトプットを出すことになります。
【計算例Ⅱ】
セールスマンAの退職後、セールスマンCを採用したが、採用のミスマッチのために、採用後の教育中に退職。人員補充のため、次の社員のリクルートを開始したと仮定して、3年間のアウトプットを計算
計算例Ⅱ)のケースでは、ELVTは上記のようになり、この時の組織B(青)のアプトプットは組織A(赤)の約3.6倍となります。
このように、状況や変数を変えることで様々な状況のシミュレーションが可能です。例えば、セールスマンではなく、エンジニアの場合でも、計算してみましょう。
エンジニアの場合には、優秀なエンジニアは、平均的なエンジニアの10倍の成果を出すという研究結果もありますが、今回は3倍の成果を出すと仮定しています。
【計算例Ⅲ】
仮定は計算例Ⅰと同様だが、セールスマンではなく、エンジニアとして仮定した場合の3年間のアウトプットを計算
※縦軸は売上高ではなく、出荷した製品の機能数とする
計算例Ⅱ)のケースでは、ELVTは3年間で6.6倍の差になります。つまり、エンジニアB(青)はエンジニアAの6人分の働きをしているということになりますね。
まとめ
このように、従業員の生み出す価値を「ELBT」として計算することで、人事施策の評価や成果を定量的にシミュレーションすることが出来るようになります。
今回は、従業員の個人が生み出すアウトプットに着目して、解説しましたが、同じ考え方で特定の役割、チーム、組織、場所によって行われた貢献度を測定するためにも使用できます。
データを活用して施策を評価・検証することで、よりビジネスに貢献しうる強固な組織作りに役立つはずです。是非、参考にしてみてください。
<参考>
Hire by Google:「What is employee lifetime value, and how can measuring ELTV improve your organization?」
Green House: 「How to Improve Employee Lifetime Value Through Employee Experience」