こんにちは。アメリカ企業でHRのデータサイエンティストとして働いているSeanです。
本サイトでは、People Analytics分野のスキル・知識を習得したい方向けに定期的に「People Analyticsのイロハ」を紹介しています。
今回の記事では、People Analyticsにおける分析手法の分類について、Gartner社の「成熟度モデル」を基に解説しています。
分析を始める前にこのモデルをしっかりと理解しておくことで、よりスムーズかつ効果的に分析を始めることが出来るようになります。
Contents
成熟度モデルを理解するメリット
People Analyticsで分析を始める際に最も意識すべきポイントは、以下の2つです。
・適切な設問を立てる
・チェックポイント&スモールゴールの設定する
この2つのポイントをより効果的に行うことについて、Gartner Modelは非常に役立ちます。
適切な設問を立てる
People Analyticsの分析は、基本的に下記のような流れで進めていきます。
People Analyticsの一般的なステップ
この中で、「テーマ設定」をすることが最初に行うべき、かつ、最も重要なステップになります。
People Analyticsは、従来、勘や経験に基づいてなんとなく行っていたビジネス・人事に関する意思決定を、様々なデータ分析を通じてサポートすることが目的です。
そのため、「どんなビジネス・人事上の課題があるか」という点を把握し、何の意思決定のためにデータを分析するかが明確でないと、「分析のための分析」になってしまい効果を発揮しません。
また、設問に対して、どの程度複雑な分析が必要かを把握し、行う分析のレベルを合わせる必要があります。
「設問の内容とレベルを適切に把握しているかどうか」という点がPeople Analyticsに取り組む際の価値に大きな差を生むことになります。
後述する成熟度モデルは、この「テーマ設定」をする際にも役立ちます。
https://jinji-labo.com/how-to-start-people-analytics/
チェックポイント&スモールゴールの設定
適切な設問を立てることが出来たら、仮設設定→データ収集・整備→…と順番に行っていくことになります。
しかし、最終的なゴールに到達するまでには多くのリソース(時間・データ・労力・人員…etc.)を必要とし、設問の複雑さ・難易度が高くなればなるほど、分析のレベルがより高度になるだけではなく、必要なリソースは増加する傾向にあります。
特にPeople Analyticsを始めたばかりの企業では、人事データの分析を続けていくために、投資に見合うだけの成果を示していくことが求められます。
そのため、始めから高度で複雑な分析をするのではなく、成果の出しやすい難度の低い分析から始め、チェックポイントを立てながら、徐々にレベルを上げていくことが望ましいです。
都度、分析チームが今どの段階にいるのかを把握しながら、少しずつ分析のレベルを上げていくことで、成果を出しながら、最終的なゴールまでの道筋を着実に進めることが出来ます。
チェックポイント&スモールゴールの設定は必須
成熟度モデルでは、分析のレベルを難易度・ステップ別に分類しているため、この「チェックポイント&スモールゴールの設定」に対しても1つの指標となります。
それでは、次の章から、このPeople Analyticsを始める際に理解しておくべき、Gartner社の成熟度モデルについて、考え方を整理し解説していきます。
People Analyticsの成熟度モデル|Gartner Model
People Analyticsについては、様々な定義やモデルがありますが、非常に有効なモデルとして、Gartner社が提唱した成熟度モデル(Gartner Model)を解説していきます。
このモデルでは、People Analyticsをその分析の「難易度」と発揮する「価値」という観点で、「Descriptive(記述的)」→「Diagnostics(診断的)」→「Prescriptive(予測的)」→「Perspective(処方的)」の4つのレベルに分類していきます。
Gatnerの成熟度モデル
これらの4つのレベルは、下記の図で示す通り、それぞれ異なるレベルの設問(Key Question)に対して、回答しようとするものとされています。
分析レベル毎のKey Question
Descriptive(記述的)
過去~現在のデータを集め、要約・ビジュアル化を行うことで、「何が起きたのか?」という状況を把握していきます。
近年のデータ分析では、このDescriptive(記述的)としての分析が大部分を占めています。
この分析で重要なのは、正しいデータを基に、過去からの事象やトレンドを正確に示すことだけにフォーカスすることです。
この段階では事象が起きた原因までを分析する必要はなく、1つの指標に対してマーケットや過去のトレンド等と比較し、今の状況を正しく把握していきます。
<チェックポイント>どの部門でどのぐらいの人数が退職しているのか?
<データ> 直近3年間における退職者の数
<分析> 退職者の数や比率をビジュアル化しマーケットや過去の推移と比較
<結果> 営業部門の退職者が増加傾向にあり、マーケットよりも多い
上の例では、営業部門を対象に何らかの施策が必要かもしれないといった可能性を提示することが出来ます。
このように、この分析を通じて、過去の意思決定に対する評価や対策の必要性についての洞察を得ることが出来るようになります。
しかしながら、この段階では「具体的に立てるべき対策」についての示唆を得ることは出来ません。
そこで、分析を次のDiagnostic(診断的)分析に進めていきます。
Diagnostics(診断的)
Descriptive(記述的)分析を通じて現状を把握した次には、その現状が「なぜ生じたのか?」という原因をDiagnostics(診断的)分析で特定していきます。
この分析では、関係のありそうな複数のデータや指標を用意し、それらのデータが独立変数・従属変数のどちらかを捉えながら、データの間に因果関係があるかどうかという点にフォーカスして分析していきます。
データや指標が多岐に亘るため、分析用のデータを貯めておくデータベースを構築しておくことが望ましいです。
<チェックポイント> なぜ営業部門の退職者が増加しているのか?
<追加データ> 退職理由、昇給率、パフォーマンス評価、異動歴、教育の受講歴、意識調査結果…etc.
<分析> 原因について仮設を立て、退職者と各データの間の因果関係を分析
<結果> 上司のパフォーマンスが低いチームで長期間勤務している従業員の退職する割合が高い
「1つの仮説が立証できなかった場合は、次の仮設を立てて立証を試みる」という分析を繰り返し行い、各データの間にある因果関係の有無について、検証を行っていきます。
この分析を通じて、複数のデータが組織の中でどう連動するかが分かれば、現状の事象が起きた原因を客観的な指標から特定することが可能になり、現状の課題に対して、より具体的な対策を立てることが出来るようになります。
Predictive(予測的)
次のステップは、「何が起きるのだろうか?」という将来の事象を予測していくことを試みるPredictive(予測的)分析です。
Diagnostics(診断的)分析で見つけた因果関係をもとに、より高度な分析手法を用いて、先見的な視点を含めながら分析を行っていきます。
一般的な機械学習や回帰分析などの統計的な分析を通じて行いますが、近年ではHR-techの発展により、AIや分析用のソフトウェアを活用する企業も増えてきています。
<チェックポイント>今後、退職しそうな従業員はだれか?
<追加データ> Descriptive(診断的)分析結果のまとめ
<分析> 退職者の特徴・傾向と従業員の合致度を測定、営業部門と他部門の特徴を比較
<結果> 退職リスクが高い従業員はAさん・Bさん、経理部門も退職リスクが上がる可能性有り
このように、将来の予測を加えていくことで、対策をうつべき対象を特定することができます。
この分析により、長期的な視点でピンポイントかつ効果的に対策を検討することができ、事態が悪化することを未然に防止することが出来ます。
Perspective(処方的)
Predictive(予測的)分析の精度が安定してきたり、十分に信頼のおける分析結果を示すことが出来れば、最後に「何をすべきなのか?」「何が出来るのか?」という問いに対して、起こすべきアクションを提示していきます。
<チェックポイント> 自社の退職率を下げるためにどうしたらよいか?
<追加データ> 他社や過去のケース、最新のシステムの情報
<分析> 自社の事象・原因・予測に対応する事例やシステムの効果を比較
<結果> ITシステムの導入による対象者の定期的な洗い出し、対象となる従業員へのコーチング・フィードバックの強化
このように、データに基づいて、次に進むべき道を示すことが出来、適切な分析に基づいていれば、将来の事業に向けて大きな価値を提供することが出来ます。
まとめ
People Analyticsを導入している多くの企業では、予測的分析・処方的分析に到達することを目指して取り組んでいますが、基本的には「Descriptive(記述的)」の分析から始めていきます。
難易度という点では、Descriptive(記述的)<Diagnostics(診断的)<Predictive(予測的)<Perspective(処方的)の順で高くなっていくため、高いものほどよりよいと考えられがちですが、この点は注意が必要です。
どのレベルの分析が必要かについては、設問のレベルに対して合わせなければなりません。
例えば、設問自体が「何が起きているか」という分析で回答出来るものであれば、Descriptive(記述的)分析を行えば十分であり、さらに高度なツールや分析を行う必要はありません。
どんな設問を立てて、どんな道筋で、どのレベルの分析が必要なのか、という点をしっかり押さえておくことが重要です。
そのためにも、People Analyticsの分析をする際には、この「Gartner Model」を活用してみてください。