People Analytics

People Analyticsのバリューピラミッドと壁【PA道場】

こんにちは。アメリカ企業でHRのデータサイエンティストとして働いているSeanです。

本サイトでは、People Analytics分野のスキル・知識を習得したい方向けに定期的に「People Analyticsのイロハ」を配信しています。

今回の記事では、People Analyticsが価値を発揮するために意識すべきポイントについて、2014年にSmeyers.L. 氏によって提唱された「バリューピラミッド」を基に解説しています。

Sponsored Link

People Analyticsの「バリューピラミッド」とは?

「バリューピラミッド」とは、特定の事柄に対して、発揮される価値の大きさ・質に着目し、階層別に分けて分析するフレームワークを指します。

「People Analytics」は、ビジネスや人事に関する施策においてよりよい意思決定のサポートをするために、様々なデータの分析を行うことですが、Smeyers.L. 氏はこの分析によって生じる価値の大きさに着目し「People Analyticsのバリューピラミッド」を提唱しました。(2014)

このフレームワークは、今もデータアナリストの中では一般的な考え方の1つとして知られています。

People Analyticsの「バリューピラミッド」

今回は、これを分解しながら、1つずつ解説していきたいと思います。

自身またはチームで分析をする際にこのピラミッドを意識し、取り組んでいる内容・テーマのレベルを把握することで、より客観的に「価値を発揮するためには何をすべきか」という点にフォーカスすることが出来るようになります。

2つのカテゴリーと4つの階層レベル

まずは、分析の結果として、「過去・現在」もしくは「未来」のどちらを目的とするかという点で「Descriptive:記述的」と「Predictive:予測的」の2つのカテゴリーに大きく分類することができます。

さらにそれぞれのカテゴリーの中で、2つのレベルによって細分化され、分析の難易度は上に上がるほど高くなっていきます。

Descriptive Analyitics:記述的分析

記述的分析は、「過去」から「現在」に至るまでのデータの分析を通じて、過去のトレンドやパターンやマーケットのデータと比較し、現在までの実績を測定するために主に用いられます。

基本的なステップとしては下記のようなイメージです。

記述的分析の一般的なステップ

  1. 人事のデータベース (HRIS等) から分析用のデータを集める
  2. 今回の分析の前提とするデータの定義を明確にする
    【例】
    ・ヘッドカウントとは? (単純な人員数 or FTE?)
    ・退職率の計算方法は?  …etc.
  3. 不確実・不正確なデータがあれば、分析用にクリーンアップ及び再構築する
  4. 人事指標を用いたり、マーケットトレンドと比較しながら分析

1~2つの既存のデータベースから情報を集めて分析を完結できることがこの記述的分析の特徴です。

さらに、分析する対象を「人事の施策そのもの」に着目するか、「人事施策によって生じた効果」に着目するかで更に2つのレベルに分かれます

Level1:HR Reporting (HRレポート)

最もベーシックで難易度の低い分析手法です。
人事指標(HR Metrics)を用いて、「人事の施策そのもの」について過去・現状の状態を測定しレポートするものです。

【例】
・採用した従業員の男女比、年齢構成、外国人比率
・採用にかかっている期間・コスト
・報酬や福利厚生の推移
・従業員の教育・トレーニングにかかる時間・コスト
…etc.

Level2:HR Effectiveness Measures (HRの効果測定)

過去・現状の状態を示すことには「HRレポート」と変わりはありませんが、「人事施策によって生じた効果」を対象とします。
これは単純にデータベースにある従業員の情報ではなく、サーベイや人事考課の評価等をもとに分析していきます。

【例】
・従業員のエンゲージメントのレベル
・従業員のリテンションの度合い
・採用の質
・コンピテンシーのレベル

 

このような記述的分析を通じて、何が上手くいったのか?上手くいっていないのか?を診断し、課題の発見や意思決定をサポートしていくことが出来ます。

更に「過去~現在」のデータだけに焦点を当て分析する記述的分析をベースとして、発展させたものが「Predictive Analyze:予測的分析」になります。

Predictive Analyze / 予測的分析

記述的分析が「過去~現在」について分析するのに対して、「Predictive Analyze:予測的分析」は、アルゴリズムや機械学習などを活用して、データの傾向を特定し「将来に何が起こるか」について予測をする分析手法です。

「過去~現在」に至るまでのデータを収集し、クリーンアップしていくステップは、記述的分析と同様です。

ただし、それらのデータをより高度な分析手法で予測的分析を行うことで、将来的なリスクやチャンスを特定し、会社はイニシアティブを取って実践的な行動に移すことが出来るようになります。

より高度な分析と言っても、近年はHR-Techの発展も著しく、機械・AI分析などが容易に出来るソフトウェアも増えてきましたし、ExcelやPower BIなどのツールでもベーシックな分析は行うことが可能です。

この予測分析も手法によって、2つのレベルに分けられます。

Level3:People Optimization (HR最適化)

それぞれのデータの関連性を分析し、統計的に成立する「因果関係」を見つけ出すという手法です。

基本的には、記述的分析で挙げた「人事の施策そのもの」と「人事施策によって生じた効果」の間の因果関係を特定していきます。

明確な因果関係が分かれば、効果に対して、どのような人事施策を実施すれば何が起きるのかという予測を立てられるため、改善すべき道筋を導き出すことが出来るようになります。

【例】
・トレーニング受講率と従業員エンゲージメントの因果関係
・採用後のオンボーディングとリテンションの因果関係
…etc.

Level4:Business Optimization (ビジネス最適化)

Level1~3のデータと統計を使用して、ビジネスに対する影響を予測するモデルを作る手法です。

Level3で特定した因果関係を発展させ、ビジネス上のインパクトと結び付けていきます。

【例】
・従業員のエンゲージメントと売り上げの因果関係
・採用の質と新商品開発に対する投資の因果関係
…etc.

 

この予測的分析では、事業分野や会社規模など様々な要因が絡んでくるため、ある企業で出た因果関係の分析結果がそのまま自社にあてはまるとは限らないことに注意が必要です。

また、分析を通じて2つの事象に同じ傾向が見られたとしても、因果関係か相関関係か混同せずに判断する必要があります。

 

ここまで、「記述的分析」・「予測的分析」の2つのカテゴリーに分けて述べてきましたが、各企業のアナリスト達はこの「予測的分析」のレベルに何とか到達しようとして、日々、分析を続けています。

しかしながら、この2つの分析手法の間には、分析の価値・難易度に大きな隔たりがあり、乗り越えなければならない壁が存在します。

Predective Analytics:予測的分析の壁

将来を予測することは、過去に何が起こったかを知るよりもはるかに価値が大きいです。

記述的・予測的分析の価値

このバリューピラミッドでは、それぞれの価値について、記述的分析を「Hygiene Factor:衛生的要因」として位置づけており、予測的分析はそこから真に価値を発揮・付加していく分析とされています。

記述的分析では、現在までのデータを正しく分析し、常にアップデートしていくことが求められます。

そのため、個人の健康状態のように、常に健康を保つことが要求されるように「Hygiene factor:衛生的要因」と呼ばれ、組織として健全な時は必ずしもレポートをする必要はありませんが、状態が悪くなったとき or 悪くなりそうな時に対処するための分析として位置づけられています。

それに加えて、予測的分析ではイニシアティブを取った攻めの意思決定をサポート出来るという趣旨から、組織に対してさらに高い価値を発揮していきます。

例えば、ある企業が中国に新しい生産拠点を作ろうと検討する際、新しい工場のロケーションとスペックは重要なビジネス上の決定事項の1つです。

これを決定するにあたって、労働市場の中から適性のある人材を採用することの可否は、この新工場の成功のカギを握る重要な要因になり、もし仮に労働力が乏しいエリアでの新設を決定したとすると、必要な人数・スキルが集まらず、労働力の不足に繋がりかねません。

ここで予測的分析を用いると、新工場に将来的に必要となる人材を予測し、どの立地に新設すれば要件を充足できるを採用し続けられるかを想定した上で決定することが出来るため、意思決定における重要な役割の1つを担うことが出来ます。

このようにHRが有形の価値が提供できる手法が予測的分析であり、多くのアナリスト達が予測的分析に取り組む理由の1つです。

しかしながら、将来を予測することは非常に難しく、記述的分析から予測的分析に移行するには越えなければならない壁があります。

予測的分析への「壁」& 乗り越える方法

「データ」の壁

予測的分析によって因果関係を見つけるためには、正確な記述的分析が必要です。

もし従業員、コスト、ヘッドカウント、予算、その他のベーシックなデータが誤っていたとしたら、発見した因果関係は何の価値もなく、むしろ誤った意思決定を助長しかねないことになりかねません。

そのため、次の予測的分析に進むためには、「正しいデータを持っているということが1つの前提条件」になります。

また、もし仮に、マネージャーミーティングでHRのデータを提供したときに、そのデータが他のデータや経験と整合性が取れていない場合、本当に議論すべき課題について話す代わりに、「そもそもなぜこのデータこのを提示したのか」という理由やそのデータの正確さについて検証が始まってしまいます。

そのため、データの収集・クリーンアップは丁寧かつ慎重に行う必要がありますが、特に国を跨いだり、異なるITシステムにあるデータを分析しようとするときは、この作業が広範囲になり膨大な時間がかかってしまうケースが多々生じます。

また、データソースが整備されておらず、必要なデータが必要な時に存在しないということもあり、まずはデータを整備するための時間・労力・投資の「壁」を乗り越えるというのが1つ目の前提条件です。

分析目的の「壁」

データ分析の入門者に陥りやすい失敗例として、分析担当者の興味で行ってしまう「分析のため」のデータ分析です。

予測的分析が最も価値を発揮するのは、ビジネス・人事上の重要な課題に対して直接的に影響を与える分析です。

まずは、何を目的として分析するかという理由を明確にしたうえで、導入を進めていくというステップが必要不可欠ですが、このビジネス・人事上の課題は時にあいまいだったり、的外れであることがあり得ます。

この「将来的に解決すべきビジネス・人事上の課題は何か?」という質問に対して正しい答え(目的)を用意することが2つ目の前提条件になります。

データ分析スキルの「壁」

データアナリストは、統計の知識と膨大なデータを操る能力が求められます。

加えて、データの管理は規則・基準を満たしている必要があり、既存の手続きを熟知した上で、安全に保管されていなければなりません。

そのため、予測分析のために必要なスキルを充足させるチームを作り、成果が出るまで投資し続ける必要があります。

チームのメンバーをHR内だけでは集めることが難しかったり、求めるほどの効果がすぐには発揮できないようなことも想定されます。

また十分なスキルを擁していないとデータ分析のプロセスが遅くなることも致命的な問題です。

この十分なデータ分析スキルをもったチーム作りというのが3つ目の前提条件になります。

【入門】People Analyticsに必要な5つのスキル【PA道場】こんにちは。アメリカ企業でHRのデータサイエンティストとして働いているSeanです。 本サイトでは、People Analytic...
Sponsored Link

まとめ

People Analyticsに関しては、多くの研究が進められています。

その中の1つの考え方として、「People Analyticsのバリューピラミッド」を基に、People Analyticsのレベルと真の価値を発揮するための「壁」の存在について、解説しました。

今後、ますますPeople Analyticsは重要な分野になってくることが想定されていますので、より高度な分析のために本記事を参考にしてみてください。

アメリカ商社HR
Sean (ショーン)
大学を卒業後、日本の大手商社に就職。 入社以後、人事部でキャリアを重ね、アメリカに渡る。 現地企業でHRとして勤務しながら、グローバル企業の人事制度を研究。 最新のHRに関するトレンドやノウハウ、海外でのキャリアUP、ワークライフ…etc.について、分かりやすく解説・紹介しています。